目を覚ましたばかりの頃はまだあの島でのことを思い出せずに、オレはただ絶望に堕ちた日々の記憶ばかりを思い返して、後悔と懺悔をし続けていた。自分の間違いを思い浮かべるたびに、「何であんなことをしちまったんだろう」と、そればかりを繰り返してしまう。
臆病なオレはあの日々のことを誰にも話せないままで、オレ自身がやっちまったどうしようもないバカなことから、逃げ出そうとして、追いつかれて、夢だと思おうとして、また追い詰められてばかりいて――。それなのに、中途半端なところであの島でのことを思い出しちまったモンだからよ。ヘタに落ち込むことも出来ずに、ただ何となく折り合いつけちまったようなフリをして、まあ、今日まで何とかやってきた、っつーワケなんだけど。

「お前さ、何か隠してないか?」
「は?」
「いや、だって明らかにおかしいだろ。お前、ここに来てからずっと上の空だぞ」

どうやらオレの運の尽きは、この島の軍事施設に足を踏み入れちまったことらしい。
――マジで恥ずかしい話なんだけどよ、絶望の記憶を思い出してから、オレは銃器の類が怖くて仕方ねぇんだ。前はあんなに好きで追っ掛け回してた戦車とか、構造が気になって仕方なかったガトリング銃とか、今は見ているだけでも震えが来やがる。そんなオレの様子に日向のヤツが気付いちまって――まあ、いよいよ逃げらんなくなりつつある、っつーか。簡単に言えば、それだけの話ではあるっちゃあるんだけど。

「あー……いや、別に何も無いぜ?ただちょっと朝から気分が悪いかなー、って、ハハ……」
「お前、今朝は別に何も言ってなかっただろ。それどころかレストランの照明直したり、ソニアのコテージの雨漏り直したり……むしろ元気すぎるくらい元気だったじゃないか」

そう言った日向はオレに疑いの目を向けて、オレが返す言葉を待っている。ああもう、何だって現実世界にまでこんな物騒な施設があんだよ。どう考えてもおかしいだろ。プログラムの中のアレは作り物だからまだしも、未来機関の連中はこんなモン使って何を研究してたってんだよ、ったく。どう考えてもコレはリアルで作るべきもんじゃねぇだろうが。

「左右田」
「……な、何だよ?」

そうして名前を呼ばれると、自分でもマズった、と思うくらいにびくり、と肩が震える。いい加減自分のビビり加減に呆れちまうが、こればかりは仕方がない。

「何、じゃないだろ。……手、震えてるぞ」

そんなオレにはぁ、と溜め息を吐いて、日向は「場所、変えるか?」と提案してくる。ああ、うん。まあ、そうだな。正直そうしてもらえるとありがたい。何の足しにもなんねープライドなんかより、今はとりあえずこの身の安全を選びたい気分だわ。

「……ああ。悪りぃけど、ちっとリタイアさせてもらうわ」



***



「……大丈夫か?」

オレが落ち着いたことに気がついたのか、日向が心配そうにオレを見やる。ああ、ホント、こいつって単純に「イイ奴」だよな。こういうトコ見てるとつくづくそう思うわ。フツーにただのイイ奴だってのに、長い間疑ってた自分がちっとばかし情けなくなるぜ。

「何とかな。……ったく、こんなカッコ悪りぃとこ見せるんだったら無理して付いて来るんじゃなかったぜ」

事の始まりは今朝方だ。日向のヤツが「軍事施設を調べたいんだけど、俺だけじゃよく分からないことも多いからさ。出来ればお前に付いて来てほしいんだ」なんて言って来たんだが、ちょうどソニアさんに感謝されてテンション上がってたオレは、その言葉を深く考えずについついオッケーしちまって。ま、いつものパターンってアレだ。後からヤベーことに気付いちまったところで遅いんだよな。何とかなるって言い聞かせて付いて行ったはいいけど、結果は見ての通り、このザマだ。

「……理由、聞くよな。やっぱり」

オレが内心青ざめたままでそう言えば、日向は「まあ、お前が話してくれるんだったら……」なんて返してくる。

――本当はこうなる前に、もっと早く話しておくべきだったんだろう。それはオレだって重々承知していたし、オレは何もコイツらを信用していなくてオレの絶望を話せなかったってワケじゃない。
正直言っちまうと、あんなどうしようもない弱っちいオレの記憶を話しちまったら、コイツらにも離れて行かれるんじゃないかって勘繰っちまって怖ェんだ。だって、自分の手で誰かを殺したのはたぶん、オレだけだろうしさ。
どうしようもないあの毎日は、惨めで、とにかく辛すぎて、終わりの見えない絶望だった。この手で作り出したものがオレの知らないところで命を奪っていく恐怖と、それを作り出してしまった罪悪感。オレなんかの力ではどうしようもないところで、オレが好奇心で完成させたものに殺されていく人間がいることを、受け入れたくなくて絶望に堕ちた。

「……オレさ。自分が作った銃で人殺ししてんだ」
「え?」
「はは……超高校級のメカニックが聞いて呆れるだろ……?自分の発明で誰かの命奪ってちゃ世話ねぇよ。オレはただ機械いじりが好きなだけで、それを殺人に使って欲しいだなんて、一度も思ったことは無かったのによ……」
「左右田、お前、真っ青……」
「いや、いーんだ。……オレさ、知らなかったんだよな。オレの改造した武器やら何やらでスゲー数の人間が死んでること。昔っから作ることにばっか満足して、それを使うことってあんま考えてなかったからよ。……だから絶望がうじゃうじゃ増え始めても、オレはいちいちそれにビビってるくらいのモンだった。それが、……あー……いつだったかなァ。アイツに教えられちまったんだよ」

超高校級の絶望、江ノ島盾子。アイツがオレに真実を告げさえしなければ、オレは絶望に堕ちなかったんだろうか。でもまァ、ビビりだからなァ、オレって。絶望どもに脅されたら、どっちにしろ屈して絶望になっちまってたかもしんねーわ。

「オレが設計した戦車の投入数、組み立てた銃器の普及率、構造について助言した爆弾が使われた事件……アイツはとにかくそんなことをオレにペラペラ喋りやがって、……それでよ、耐えらんなくなっちまったんだ。だってそうだよな?オレがただの興味で作ったモンが、何千人も、何万人も殺したんだって言われたら、誰だって絶望に堕ちるってモンだよなァ……?」
「左右田……」

もしオレがコイツをカムクラにした研究者みたいなヤツだったら、絶望になんて堕ちずに済んだかもしんねぇけどよ。まァ、それはそれで人としてどうなんだっつー話だし。そう、そんなんだからオレは、ああやって。

「絶望に堕ちたオレは、オレを絶望に堕とした絶望が許せなくなって……正直錯乱してたから、細かいコトなんかはあんまよく覚えてねーんだけど……。自分でもなんかワケ分かんなくなっちまって、他の絶望に会うと、片っ端から自分の銃でそいつらを殺してた」

誓って希望側の人間は殺していない。と、思う。運の悪い誰かが流れ弾に当たってさえいなければ。けどよ、それが何だって言うんだろうな。どっちを殺したところで人殺しには変わりねぇってのに、そんなん、何の言い訳にもならねーよ。

「一時期は、マジで見境無くてよ……。オメーと会った頃はもう死に掛けだったから、誰かを殺してやろうって気力なんか、少しも残っちゃいなかったけどな……」

ああ、駄目だ、眩暈がしてきた。全部自分でやらかしたことだっつーのに、責任持てねー自分がつくづく情けねぇよ。
――それにしても、つい勢いで洗いざらい話しちまったけど。あー、拒否られたりしたらどうするかな。やべぇ、スゲー後悔してるわ、今。どうしよう、マジで泣きそう。

「……それで全部か?」
「あァ、……そうだな、これで全部だよ。……な、どうしようもねぇだろ……?」

答えつつ、日向が今にもオレを軽蔑して去って行くんじゃねぇかと気が気じゃなかったモンだから。ひとまず深呼吸しようとしてみたら、緊張しすぎて喉が震えた。

「そっか。……お前もいろいろ抱えてたんだな、左右田」

――それなのに。日向はオレを詰ることもなく、当然のように自分も傷付いたような顔をするから。

「え……」
「ん……何だよ?」
「オメー、オレのこと拒否んねぇのか……?」
「何でだよ。……人殺しなら、カムクライズルとして俺だって過去にやってるんだぞ」
「けど、それはオメーじゃねぇだろ。ソニアさんも、九頭龍のヤツも、終里も……自分の手では誰も殺しちゃいねぇ。それをオレは……」

弱さに付け込まれて、自分の才能を人を殺すことなんかに使っちまうなんて。思ったところで、日向が「左右田」とオレの名前を呼んでくる。

「他人を殺すことに良いも悪いも無いだろ。自分の手を汚さないって意味でなら、九頭龍やソニアのやり方の方が悪質とも取れるし……終里はさ、たしかに誰も殺しちゃいないけど」
「けどなァ……!」
「償うべきはお前だけじゃないんだ、左右田。絶望に堕とされた時点で俺たちは全員、同じように弱い人間でしかなかったんだよ」

だから誰にもお前を拒絶する権利は無いし、拒絶したいとも思わないよ。そう言って、日向のヤツはオレに笑いかけてくる。――ああ、何だろう。ホントに、ホントにイイ奴だよなぁ、コイツって。時々、マジで真剣に、バカなんじゃないかって思えるくらいに。

「……とりあえず、慣れるまでは一人で軍事施設には近付くなよ。お前一人で倒れられても誰も面倒見れないぞ」
「ああ、分かってる。……ありがとな、日向。……マジで、ありがとな……」