おそらく何度も繰り返している、と。それに気が付いたのは、このサイクルが二度ほど巡った三回目。狛枝は平穏な島の砂浜で、呼びつけた人物の到着を待っていた。わざわざこれを伝えるのは、この滑稽な修学旅行の意図を聞き出したいただの好奇心でもあるし、これから会う人物が記した「あの日記」の一文が、いったい何を意味するのかを探るためでもあった。

――こんどこそ、みんなをすくえたらいいなとおもいます。ななみちあき。

そう書かれた子どもの落書きのような一文は、それでもどことなく力強く、決意のようなものが滲んでいるように見えてならなかったから。

「狛枝くん?」
「やあ、七海さん!ごめんね、ボクなんかがいきなり呼び出しちゃったりして……」
「ううん。私もごめんね。ゲームに夢中になってたら、時間過ぎちゃってて……」

そうこうしているうちに到着した「待ち人」七海千秋は、狛枝の姿を確認すると、砂浜に足を取られながらもてとてととそちらへ近づいていく。日陰になっている椰子の木の傍で立ち止まると、すぐに本題を切り出した。

「それで、私に何か用かな?聞きたいことがあるって書いてあったけど……」

狛枝は昨夜七海のコテージに走り書きのようなメモを残し、「明日の朝十時にこの場所で待っている」と伝えたのだった。日ごろレストランのロビーに入り浸り、そのままそこで眠ってしまうことも多い七海が無事にそれを確認してくれるかどうかは半ば賭けにも近いものだったが、狛枝の幸運ゆえか、どうやらそれは無事に七海の手元に届いたようだ。

「うーん、用、っていうほどのことでもないんだけど……」

ちょっと確認したいことがあってさ。そう言って爛々と瞳を輝かせながら、狛枝はどことなく含んだような笑みを浮かべる。
この平和な毎日も別に退屈ではないけれど、「繰り返している」と気が付いたその日から、事の真相を知りたくてたまらなくなってしまったことは事実だ。あらゆる可能性に考えを巡らせてはみたものの、いまひとつ納得できる解答が見つからなくて、なんとなく忍び込んだ「ウサミの部屋」で見つけたものがあの日記だった。おそらく七海千秋とウサミの間には、何らかのただならぬ繋がりがあり、彼らはボク達に何かを隠しているのだろう、と。そう思うと夜も眠れないほど興奮したし、そこまで知ってしまったからには、確かめなくては収まりが付かない。

「七海さんはさ、この修学旅行ってどう思う?」
「……この修学旅行?」
「うん。ほら、ボク達、急にこんなところに連れて来られちゃったしさ……。ボクは誘拐されたりって慣れてるけど、七海さんは驚いたりしなかった?」

遠回しにそう尋ねて、狛枝はにっこり笑う。おそらく「最初から知っていた」彼女が驚くはずもないのだが、まずは様子を見るところから。慎重に、慎重に事を進めなければ、せっかくの刺激あふれる真実が一瞬でフイになりかねない。

「うーんと、別に驚かなかったよ?でも、みんなは驚いたかもしれないよね。……あ、えっとね。私も、驚かなくちゃいけないところだったっていうのは分かってるんだけど……」

のんびりしてるってよく言われるから、そのせいなのかな。七海は呟いて、こくり、と小首をかしげる。

「あはは。確かに、七海さんってよく立ったまま寝てたりするしね?あ、別にそれがいけないってわけじゃないんだけど……」

狛枝は調子を合わせるように言ってから、それでも、と思う。一番最初に七海千秋に会った日は、彼女はまだもう少しのんびりとおとなしい印象で、頭は良いけれど、決して切り返しが早い、という印象は受けなかったはずだ。それがこの頃は、どうにも的確な反応を返してくるように思えてならない。単純にみんなとの交流に慣れたとか、そういうレベルではなく――そう、まるで全員の何もかもを「掴んでいる」ような切り返しの数々。話していないところまで読み取ってしまう性質には自分にも覚えが無いわけではないが、それでも、少し出来すぎているような。
――ああ、うん。やっぱり気になるなぁ。ゆっくり聞き出そうと思ってたけど、この分だと七海さん、ボクが疑っていることにも気づいちゃうかもしれないし。

「ねえ、この修学旅行って何日だっけ?」
「えっとね、この修学旅行は五十日だよ?最初の日にウサミが言ってた……と、思うよ」
「……そっか。うん、やっぱりそうだよね?」

「最初」にウサミが目の前に現れたあの日、「みなさんには五十日間、この島で希望のカケラを集めていただきまちゅ!」と言っていたのを覚えている。――そう、そして狛枝自身、二度目の時も何の疑いも無くそれを「一度目」だと思っていたのだけれど。三度目のウサミの言葉を聴いた日に、狛枝は気づいてしまったのだ。それは決して「一度目」の言葉などではなくて、「三度目の一度目」であることに。

「そっか。それじゃあさ、やっぱりボクがおかしいのかな?この修学旅行が今日で「百十日目」だと思うだなんて……」
「え……?」

そこですかさず先制攻撃。一言放てば、ふいを突かれた七海の表情が驚きに染まる。ああ、やっぱり何か隠してるみたいだね。狛枝はその反応に満足して、純粋な知識欲から追撃を続ける。

「ボクはね、ウサミの言葉を三度も聞いている気がするんだよ。……もちろん、ボクがおかしいと思ってくれても構わないよ?こんな話、突拍子もないことだろうし、何よりボクだって自分が気持ち悪いと思うもん」

でもね、と狛枝は続ける。

「七海さん。最初にウサミが言った言葉を覚えているかな?」
「えっと……みんなで力を合わせてこの修学旅行を成功させましょう、だよね?」
「……本当にそう思う?」
「え?」
「……そっか、やっぱりね。……ねぇ、七海さん。この修学旅行って、「終わってない」よね?」

そうしてたった一言で解答を導き出した狛枝のその言葉は、もはや確信にも似た問いかけだった。だって、七海千秋の言葉は正しいようで間違っている。彼女の発したその言葉は、おそらく彼女が「一字一句間違えようの無い存在」だからこそ、この世界がループしていることへの証明になる。正解であり、圧倒的な誤答。だってそれは「三度目のウサミの言葉」ではなくて、「一度目のウサミの言葉」にほかならないのだから。

「十日前のウサミの言葉はこうだよ。「みんなで力を合わせて希望のカケラを全て集めましょう」。……違う?」

最初は緩やかな物言いだったウサミのそれは、五十日を経るごとに、「希望のカケラを集めきる」ことに特化したものへと置き換わっている。けれど、おそらくウサミ自身はそれを覚えていないのだろう。お世辞にも高等とは思えない人工知能が三周を超えて何のボロも出さないこと自体が信じられないし、膨大な秘密を二人で共有すること自体、こんな状況下ではいささかリスクが大きい。たぶん、ウサミは「修学旅行の目的を知っている」だけで、この修学旅行がループしていることには気づいていないのだろう。そう結論づけて、狛枝は続ける。

「そして、もうひとつ。……七海さん。キミはボク達とは違う存在。……そうじゃない?」
「どうして、そう思うのかな?」

そこで半ば決意したような瞳をして、七海は目の前に立つ狛枝をじっと見据える。
――このまま繰り返していけば、気づかれる前に抜け出せると思っていた。絶望で満たされたみんなに優しい希望を渡して、何事も無いまま終えられるだろうと信じていた。けれど、気づかれてしまったのならどうしようもない。どちらにしても、彼には真実を話してあげなければ必ず道を誤ってしまう。こうまで確信を持って話を進めている以上、彼はもうこの世界が、自分が、七海千秋が、プログラムであることを悟っているのだろう。それなら、ある程度は伝えてしまうしかないのだと思う。

「ボクなんかの説明でいいなら、説明させてもらうんだけど……。まずひとつはね、今七海さんがボクの言葉をすぐに否定しなかったことだよ。あの程度の間違いを指摘したところで、「人間なんだから記憶違いもある」って、普通なら反論するよね?けど、キミはそれをしなかった。それはキミがプログラム的に「間違えようの無い存在」で、ボクの指摘した言葉が正しいからだ」

うん、と穏やかに頷く七海を見やって、狛枝は続ける。

「二つ目は、キミの反応が以前とは明らかに違うことだよ。ボクの中の百日前のキミは、もっとボクたちの言葉にのんびりと切り返してきて……そんなふうに、すぐに答えを用意できるような人間じゃなかったんだ。五十日単位で見てみれば、確かに違和感は感じないだろうけどね」
「すごいね……そんなところまで見てたの?」
「やだなぁ、そんなに高尚なものじゃないって。ボクなんかがたまたま気づけちゃうくらい、百日以上が長かった、ってだけの話だよ」

ボクなんかがおこがましい、とでも言いたげに大げさに両手を振って、「それで、どうかな?」と狛枝は答え合わせを待っている。まだコロシアイが始まったばかりの頃と、どことなく似ているただの純粋な希望への好奇心。そんな色を感じてしまって、少し切なげな心地になりながら、七海は少しだけ「うん、えっとね」と笑ってみせた。

「狛枝くんの推理は当たってるよ。私はみんなとは違って、この島の案内人でしかないことも……それから、今が百十日目なのも、全部本当」
「うわぁ、やっぱりそうなんだ?……ってことはさ、希望のカケラを集めることにもちゃんとした意味があるんだね?」
「うーんと……。簡単に言えばね、みんなが希望のカケラを集めることが、この修学旅行を終わらせるためのフラグになってるんだよ。だから、集め切れなかった場合はみんなの記憶だけをリセットして、新しい五十日を繰り返すんだけど……」

どうしてか、狛枝くんの記憶は消えなかったみたいだね。ちょっと笑って、七海は真っ直ぐに狛枝の瞳を見やる。

「なら、どうしてキミたちはボクらを修学旅行に参加させたの?ウサミはさ、「繰り返していること」を覚えていないんだよね?」
「……うん。ウサミは自分がプログラムの中の教師役だってことしか覚えてないよ。全部覚えてるのは私だけで……」

百十日をずっとずっと越えた先での、コロシアイの日々の記憶も、それによってもたらされた悲劇も、あなたの末路も、私の最期も。胸のうちだけで呟いて、七海は続ける。

「真実はね、このプログラムを終えた時にきっと分かるから……。それまでは、何も言えない」

ごめんね。これだけは、どうしても言えないんだ。そう伝えれば、狛枝は七海の予想に反してふわりと笑って、「うーん、やっぱりそっか」と言葉を返した。

「この世界がゲームだとしたら、そう簡単にネタバレしてはくれないよね。……それじゃあさ、最後にひとつだけ聞かせてよ」
「うん。……なあに?」
「ボクなんかがおこがましいとは思ったんだけど……どうしても気になってさ。入っちゃったんだ、ウサミハウス」
「……そっか。狛枝くんは見たんだね?」
「あれは、ボク達がこの修学旅行に呼ばれたことと関係があるの?それだけ聞いたら、日向クンのところに遊びに行くからさ。あ、もちろん誰にも口外はしないよ。別に、ボクはこんな毎日が楽しくないわけじゃないし……この島の毎日がプログラムだったとしても、これはこれでいいかなって思ってもいるし」

ただね、あの一文だけがどうしても気になっちゃって。笑って問いかける狛枝に、七海も「そうだね」と笑い返す。それが悲しげに歪みかけてしまったものだから、自分に驚いて無理やり笑みを作り直した。

「……あれはね、私の決意なんだ。私が生まれたときからみんなに持ち続けている想いと……みんながくれた私への想いが、悲しみに負けてしまわないように。もう何も忘れないように。もう二度と、離れることがないように……」

だから私はここで、みんなを見守り続けるの。そうして曖昧なままで伝えれば、狛枝は分かったような、分からないような顔で「うーん、そっか?」と七海を見やる。それから「あんまり事情は分からないけど、ボクも七海さんのことは応援してるからさ」と無邪気なまでにそう言って、「それじゃあ、今日はわざわざありがとう。ボクみたいなクズがわざわざ呼び出しちゃってごめんね」と、にっこり笑って姿を消した。

「大丈夫だよ。きっと、あなたのことも……」

狛枝の背を見送りながら、七海は悲しげなままでそっと微笑む。

――この存在の全てを懸けて、未来に希望を託したい。たとえこの修学旅行を終えた日に、みんなが全てを思い出して、殺しあった日々に言葉を失くして、絶望の記憶に立ち止まりそうになったとしても。この日々を思い出して、こんな未来を作ることが出来る可能性があることを知って、どうか少しでも、力強く前に進んで行ってくれたなら。

とりとめもなくそんなことを考えながら、七海は全ての始まりのこの砂浜で、穏やかに凪ぐ海を見つめた。この場所から旅立つみんなの出航の日が、どうか優しさと救いに満ちあふれて未来をもたらしますようにと――。まるで夢物語のように純粋な願いを、その小さな胸のうちに、たったひとりで抱えながら。