「今日の当番は金ちゃんやったな?」なんて白石が言いはるから、「何の話や?」と聞き返せば、「千歳や。……居らへんやろ」と、どっか諦めてしまったような白石の声がワイの方へと向けられる。
元々何でもかんでもサボりまくっとる千歳やから、白石ももう諦めとるんやろうか。怒っとる、っちゅーよりは、どっか呆れとるみたいな顔をして、「そういうことやから、頼んだわ、金ちゃん」言うて。苦笑いの白石に千歳探しを命じられたんが、ついちょっと前の話なんやけど。
「……おらへんなぁ」
あないなデカい図体しとるっちゅーのに、会場内をぎょうさん走り回ってみても千歳の姿はさっぱり見当たらん。ワイかて自分がどこにおるかよう分かっとらんのに、このまま探し続けとったらワイの方が迷子になってしまいそうや。
それにしても、大会の日にまで失踪するなんて相当やな。監督がオサムちゃんやなかったら千歳、今頃レギュラーなんてとっくに外されとるんやないやろか。そないなどうでもええことばっかり考えながら、とりあえず走っとるのはええんやけど、なかなか千歳捕まえるんにグッと来るアイディアも浮かばんなぁ。
ところで、今日の「大会」っちゅーのは公式試合やないらしい。全国大会でベスト8のテニス部が集まっとる、えーと――そう、「親善試合」やったっけ。そないな大会やって白石が言っとったから、どの学校もみんなエラい気合いの入りようや。まあ、そうやんな。ワイかてコシマエと試合出来るかもしれん思たら、ホンマは居ても立ってもいられんわ。
「まったく、どこにおるんや。なんやワイ疲れてきてしもたわ……どないしよ」
せやかてこのまま「見つからん」言うて戻ったら、白石、めっちゃ困った顔するんやろなぁ。ワイ、白石の困った顔って苦手やねん。ワイかて白石んこと困らせるんはしょっちゅうやけど、千歳んことで悩む白石はそれとはちょっと違うてる。何や、どこまでツッコミ入れてええんか悩んでる、っちゅーか。とにかく、ワイは白石にあないな顔させるんが苦しゅうて敵わんのや。
「せやけど……」
千歳は千歳で、何も言わんで部活サボっとるのは、ただ練習すんのが嫌やからやない。それが分かっとるから、白石は千歳んことをあんまり怒らへんのやろか。なんや白石の場合、諦めとるのと、ごっつ強う怒れんのと、半分ずつっちゅー気もするなぁ。
「しっかしそうは言うたって、居なくなるんにも限度っちゅーもんがあるやん。……ホンマにどこ行ったんや、千歳のやつ」
ワイもう歩き疲れたわ。おーい、千歳。居たら返事しいやー。居てへんのかー。ついついそんなようなことを叫んでみれば、「どうかしたのか?」と、予想外の方向から声がかかる。
「へ?」
アスファルトの向こう側に向かって一人で叫んどったワイに声をかけて来たんは、なんや見覚えのある金髪頭。ちょうど影になっとった休憩用のベンチらへんから急に現れよったから、声かけられるまで全然気付かんかったわ。あー、驚いた。
「なんや、不動峰の部長さんやんか。こんなとこでどないしたん?」
「おいおい、それはこっちのセリフだろう。どうした、また道にでも迷ったか?」
不動峰の部長さんがそう言ってすこーし困ったように笑うもんやから、「ちゃうわ!」と思いっきり拗ねたふりをしてみれば、不動峰の部長さんは「悪いな、この間のことがあったからつい」と言ってワイのことを宥めにかかる。
まったく、ワイは千歳を探しにこないなとこまでわざわざ来てはるっちゅーのに、迷子扱いはいくらなんでも心外や。確かに全国大会ん時は道に迷ってこの不動峰の部長さんにも道聞いたったけど、それやからって毎回そうとは限らんやろ。まあ、分かればええんやけどな?
「……まあええわ。なあ、千歳見いひんかった?先からどこ探してもおらへんのや」
「千歳?」
「せや。朝ここ来る時は一緒やったんやけど、ちょっと目離したらもう居なくなってしもてん」
こうなったら手当たり次第や。いろんな奴に聞いて回れば、もしかしたら誰か見かけたっちゅーこともあるかもしれん。そんなことを思って聞いてみれば、不動峰の部長さんはちょっとだけ笑って、「……あいつはまた独りでふらふらしているのか」と可笑しそうに言わはってから、「相変わらずだな」と言葉を続ける。
「あんなぁ……笑っとる場合やないで?このまま千歳がおらんかったらワイら、試合出来んようになってまうやん」
やって、コシマエんとこの部長さんとか、氷帝んとこの部長さんはええかもしれんけど、立海の副部長さんは「メンバー足りないけど試合させてくれー」なんて言うても絶対許してくれへんやろ。あの副部長さんはすーぐ「たるんどるー」言うてどやすからホンマ、敵わんわぁ。
「そうだな……千歳なら……」
そう思ってるところに、不動峰の部長さんが声を上げはる。
「……ん?なんや自分、千歳んこと見かけたんか?」
「ああ、いや。見かけたわけではないが……」
「なんや。紛らわしいこと言わんとい――」
「――たぶん、向こうの使われていないテニスコートの裏、だろうな」
「……へ?」
「千歳を探しているんだろう?どこにも見当たらなかったならあそこへ行ってみるといい。あの裏に人気の無さそうな場所があったはずだから、あいつを探すならあのあたりだろう」
そう言ってずっと向こうの古いテニスコートのあたりを指しはった不動峰の部長さんは、近くに立っとった時計を見るなり「おっと、悪いな。そろそろ戻らないとまずい」と言い残して、ワイに「じゃあな」と声をかけてから去っていこうと背を向ける。
ちょっと待ちぃや。なしてそないなふうに言い切るん。そうワイが聞く暇もくれんまま、気付いた時には不動峰の部長さんは随分遠くに見えとった。
「……ああ、そうだ」
その途中で、振り返って不動峰の部長さんが一言だけこう言いはった。
「千歳に会ったら伝えておいてくれ。あんまし部員に迷惑ばかけるんじゃなかよ、とな」
***
不動峰の部長さんが言ってはったのってこのあたりやったっけ。ワイの目の前に見えとるのは、さっき向こうから見えとった古くなったテニスコートやな。ホンマに誰も使ってへんみたいや。コートは荒れ放題やし、人気も無いから鳥の声くらいしかせえへん。
他に手がかりも無いことやし、とりあえず来てみたはええけど、ここにもおらんかったらいよいよヤバいやろな。ああ、コシマエと試合出来ひんようになるんは嫌や。せっかく大阪からわざわざ出て来たっちゅーのに、試合に出られんかったら何のために来たか分からんやん。
ちょっと緊張しながら、古いテニスコートの周りをぐるりと回ってみる。晴れとるんやけど、向こう側は木が多くて、近づいてみんことにはどうなっとるのかよう分からん。
「……千歳?おるんか?」
なんや確認のしようも無いねんから、千歳の名前を呼んでみれば、答えは特に返らんまま。はあ、やっぱりそう都合良くはおらんか。すこーしがっかりしつつ、諦められへんままで、何とはなしに大きい木の向こう側を覗いてみる。
――覗いてみた、ら。
「あ……」
ふと、見慣れた瞳と目が、合った。なあ、見間違いやないな。せやな。今ワイの視界の片隅で木に寄りかかって座っとるんは、さっきから探しとった四天宝寺の千歳やな。
「……千歳?」
「き、金ちゃん……?」
やっとワイに気付いたらしい千歳は、なんやエラいビックリした顔で固まったままこっちを見とる。サボっとるのがバレて焦っとるとか、そういうんとは違うて、まったく見つかるっちゅーふうには思っとらんかった、っちゅー顔や。
とりあえず離れとってもどうしようもあらへんから、千歳のほうへ近づいて行けば、半分近づいた頃になってからようやっと、千歳はどっか困ったような顔でワイのほうを見て笑った。
「こりゃ参ったばい。なしてここが分かったとや、金ちゃん?」
「んー、せやなぁ……見つけたんはワイやない」
やって、ワイは探し回ってたけど見つけられへんかったもん。そうありのままを話せば、「へ……?」なんて千歳が間抜けな声を出しはった。
「この場所な、不動峰の部長はんが教えてくれはったんや。千歳がおらん、言うたらたぶんここにいるやろ言わはるから、ホンマかいな思って来てみてんけど……なんや、ホンマにここにおったんやな」
「桔平が……?」
「せや。不動峰の部長さん、すごいなあ。ワイがあんなに探し回っとったのに、あの部長さんは千歳がここやー言うとき少しも迷わへんかったんやで?なんちゅーか……あれやな、不動峰の部長さん、千歳のエスパーみたいや」
そうやってワイが思ったことをそのまま言うたら、千歳は「なるほど、桔平とね。……それなら納得たい……」とワイの目を見いひんままで呟いた。
「……ばってん、それは、……ちっと、反則たい……」
「ん、何か言うたか?」
納得、の後に何を言うたんかが聞き取れんかったから、そのまま千歳に聞き返してみれば、あっさり「何でもなかよ」といつもの笑顔で返されてしもた。なんや、気になるなぁ。まあ、大事なことやないみたいやから、別に何でもええんやけど。
とにかく、これやったら時間にも間に合いそうやし、白石も困らんで済むやろなぁ。ワイもコシマエと試合出来るかもしれんようになるし、万々歳や。ホンマ、不動峰の部長さんに感謝やわ。
「ごめんな、金ちゃん。わざわざ探しに来てくれたとや?」
「せや。自分、どんだけワイに走らす気やねん」
「試合の前にはちゃんと戻るつもりだったけん、お許しなっせ?」
「……しゃーない、許したるわ」
けど、ワイが許したっても、白石が許すかどうかはわからんで。そう言えば、千歳は「わかっとうよ」とにこにこ笑っとる。ああ、せやけどたぶん、こない堂々とされてまうとやっぱり白石かて怒れへんのやろなぁ。
にしても、なんや急にエラい機嫌良さそうなんは何でや。さっき最初に目ぇ合ったときの気まずさは何やったんやろか。いまいち分からんけど、千歳がこうやって本気で笑っとるんが実は珍しいってこと、ワイはちゃーんと知っとるから、なんや一緒に嬉しいわ。
「そんじゃ、そろそろみんなのとこなん戻るばい。独りの時間は十分に堪能したけんね」
「せやなぁ。今頃白石やなくて財前が不機嫌になっとるかもしれんし……」
ほな、行こか。ようやく立ち上がった千歳を見届けてから、ワイは元来た道を歩き出す。一歩、二歩、三歩。そうやって千歳の少し先を行ったところで、突然大事なことを思い出した。そういえばアレ、まだ伝えてへんやん。
「なあ、千歳。そういやなぁ、不動峰の部長さんから伝言あんねん」
千歳に会えたら伝えてくれ言うてたわ。振り向いて千歳の方を向いたら、千歳は「伝言?」言うて一瞬だけ動きを止めた。
「せや、伝言。内容は――」
そこまで言ってから、ワイの言葉に千歳が「ああ……」と一言挟む。
「――あんまし部員に迷惑ばかけるんじゃなかよ」
「へ?」
「じゃ、なかと?……桔平の伝言は」
「えっと……せや。正解や、けど……。なんや、すごいなぁ。千歳も不動峰の部長さんのエスパーなん?」
「何ね、簡単なことたい。……桔平は俺ん言い聞かせるときいつもそう言いよるけん」
そのお説教にはもう慣れとうよ。そう笑ってワイの後ろをついてくる千歳がホンマににこにこ笑っとるのを見て、やっと、何で千歳の機嫌が良いんかなんとなく分かった気がする。たぶん、千歳は不動峰の部長さんのことがホンマに好きやねんな。せやからいっつも本気で笑わん千歳も、こない嬉しそうに笑うんや。
ワイは千歳のことも大好きやから、いつもちゃんと笑わん千歳見とると心配になるんやけど。こんなふうに千歳んこと笑わせられる人がおるんなら、きっといっちゃん辛いときはあの部長さんに任せたったら大丈夫なんやろうなって思えるわ。
「なんや、ごっつ嬉しなってきたわ!」
「ん、どぎゃんしたとや、金ちゃん?」
「何でもあらへーん!」
はー、こんだけ気分の良い朝やったら、コシマエとも戦えて、おまけに試合にも勝てそうや。さあ、今日の大会、気合い入れて行くで。千歳にそうガッツポーズを作って言えば、珍しゅうに、千歳もおんなじように返してくれる。
こりゃ、今日は絶対四天宝寺の勝ちやな。そないなことを予感して、千歳と二人でテニス部のみんなが待つコートへと急いで走る。
――ああ、せやけどさすがに走り疲れたわぁ。それにしてもホンマにええ青空やなぁ、今日っちゅー日のお天道さんは。