「じゃんけん……ぽん!」

黄瀬の掛け声のもとに、一斉に六つの手が突き出される。その緊迫した空気は、およそバスケの練習試合に負けるとも劣らない。
――致し方ないだろう。なにしろ各々の罰ゲームがかかっているのだから、必死にならない方が危機感に乏しいというものだ。

「……んだよ、あいこか」
「六人もいるんですし、多少は仕方がないかもしれませんね」
「よし、それじゃ、もっかい行くっすよ!あいこで……!」

しょ!気を取り直してもう一度。黄瀬の掛け声で繰り出された二度目は、どうやら結果が出たようだ。

「……ふん、当然の結果だな」
「ちょ、赤司っちの独り勝ちっすか……?」

しかもパー、と恨めしげに赤司を見やるのは、黄瀬のみならず青峰と緑間も同じだ。ものの見事にグーで敗北を喫した五人は、早くも六段を降りる赤司を悔しげに見送るしかない。

「赤司君、降りる時は掛け声と一緒に降りるのがルールです。パイナップル、ですよ」
「……、……まあ、いいだろう」

黒子の言葉に渋々「パイナップル」の六文字を唱えて、赤司は六段下へと降りて行く。あまりにも似合わない呪文に青峰が笑いを堪えているのは、おそらく明日の報復を考えてのことだろう。今にも爆笑しそうなふうで腹抱えてちゃ意味ないと思うっすよ、青峰っち。傍らで心の声を響かせてから、黄瀬は勝ち誇った様子でこちらを見上げる赤司を見下ろす。
どうやらこの階段は全部で50段あるようなので、今回は踊り場までの24段を利用しようということになった。つまり、赤司は早くも全行程の四分の一を制した格好だ。

「じゃ、次行くぜ。じゃんけん……ほい!」
「……ふ、俺の勝ちなのだよ」
「あ、僕も勝ちですね」

続いて第二ラウンド。心なしか嬉しそうな黒子と、眼鏡を直しつつ一歩前に出た緑間が、ともに「ちよこれいと」を唱えながら赤司と同じ段まで降りていく。「貴様にだけいい思いはさせないのだよ」と緑間が赤司を挑発すれば、「最後にはオレが勝つから問題ない。今のうちにせいぜい吠えておくんだな」と挑発ごと返された。

「チッ、二連敗かよ」
「まあまあ、まだ始まったばっかりじゃないっすか。俺だって負けないっすよ!」

最上段には、未だ勝ちの無い青峰、黄瀬、紫原の三人が位置している。そう、戦いはまだ始まったばかりなのだ。


***


「……あれー?」

あ、一番。このままゴールすればお菓子食べていいんだよね? そうのほほんと問いかけた紫原は、気付けばこの中の誰よりも踊り場の近くに位置していた。段数にして18段。パーで二回、チョキで一回勝利し、現在15段の赤司をあっさり抜き去ったという、なかなかの強運ぶりを発揮している。

「ちょっと待った、紫原っち、何でそんなトコにいるんすか!俺なんてやっと勝ったと思ったらグリコっすよ、グリコ!」
「んー?」
「そりゃ単におまえが弱いだけだろうが。オレでさえ12段だからな。発案者がまだ6段じゃ世話ないぜ?」

こりゃ明日のオニオングラタンスープは半分になったも同然だな。そう愉快そうに笑う青峰に、黄瀬はがっくりとうなだれて、「そりゃないっすよー……」と溜め息を落とす。
――と、その瞬間。

「おい、テツ」
「は、はい……?」

何やら違和感を覚えて、青峰は咄嗟に黒子を呼び止める。その着地点をまじまじと見やれば、答えを出すのは簡単だった。

「ミスディレクションは禁止だぜ、テツ。きっかり三段分戻れ」
「……バレないかと思ってちょっとやってみたんですが」
「黒子。目に余る行動を取るなら厳罰を下すぞ。そうなればせいぜい明日、覚悟しているといい」
「……ごめんなさいすみません、もうしません」

ちょっとした出来心だったんです、と。素直に9段目に戻っていく黒子に、赤司は「ならいいがな」とだけ言って、自身の15段目を思う。
紫原は最低あと一回勝利すればゴールに至るのに対し、赤司は最低でも二回じゃんけんに勝たなくてはならないのだ。横一線の緑間の存在もあるからして、形成は圧倒的に不利だろう。だが、それでも勝者たらなければならない。これは遊びといえど、決して遊びではないのだ。緑間のように幸運を願う趣味は持ち合わせていないが、今は赤司としても自身の強運を祈るほかなかった。

「さて、紫原っちはリーチっすね。じゃ、行くっすよ!」

自身の不運を吹き飛ばすように明るくじゃんけんをスタートさせた黄瀬は、そこから二戦連続で勝利し青峰に並ぶも、その後すぐに青峰に突き放されてしまう。紫原は一度勝ったものの、運が悪いことに「グリコ」であり、未だにゴールにたどり着けずにいるようだ。
そんなこんなで、赤司の21段目が成立した十数回目のじゃんけんののち、それは尚も繰り返される。

「いつまでも膠着状態が続いてもらっては困るのだよ」
「そろそろ詰みだな。オレの勝利で第一の幕は下りる」
「さあ、どうっすかね。案外俺の連勝が続いちゃうかもしれないっすよ?」
「僕だって負けません。ここまでは遅れを取りましたが、バニラシェイクを禁止されるわけにはいかないので」
「センコーの自己満足なんかに付き合ってられるか。課題なんかやってたら部活行くのが遅れんだろうが」
「……お菓子が食べれない一日なんて有り得ないんだけど」

それぞれの言い分を胸に、今一度六人の手が繰り出される。このゲームの敗者は一人なのだが、そこは仮にも勝利することに執着のある帝光バスケ部の面々。とりあえず罰ゲームを逃れる、などという選択肢はどこにも存在していないようだ。
さて、そんな彼らの軽いノリから始まった通称「グリコ」。第一の勝者は――。

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