「……やはりな。明日の練習もいつも通り、オレの指示に従ってもらうぞ」

律儀にも「グリコ」を唱え、満を持して24段目に到着したのは赤司征十郎。やはりと言うべきか、この男はいざという時の決定率が異様に高い。自信過剰なその発言も、自身が実力のみならず、幸運にさえ恵まれた存在であることを理解しているからこそ飛び出すものなのだ。
「ではオレはここから見物しているからな」と踊り場で腕組みをして笑う赤司に、「そんなに続けて勝つなんてずるいっすよ!」と黄瀬がむすりと唇を尖らせれば、「実は超能力でも使ってんじゃねぇのか、おまえ」と青峰が理不尽な疑惑を差し向ける。これで赤司の機嫌を損ねていれば、間違いなく明日の練習量に影響していただろう。

「……ふん、すでに戦線を抜けたものになど興味は無いのだよ。あとは貴様たちより先にゴールするだけだ」
「それもそうっすね。オニオングラタンスープの権利は渡さないっすよ」
「言ってろ。少なくともおまえとテツには負けねぇよ」
「……なぜそこで僕の名前が出てくるのか疑問なんですが、青峰君」
「あのな、普通に考えてそうだろ。おまえは12段、黄瀬は15段だが、オレは18段だぜ。リーチかかってる奴の方が圧倒的にあがる確率は高いだろうが」

もっともな理屈を述べて、青峰は呆れたように上段の黒子と黄瀬を見やる。勉強を嫌っている割に、青峰は六人の中でも論理的な方だ。こういうところが赤司に「地頭はいいんだがな……」と溜め息を吐かれる要因なのだろうが、本人としては「それとこれとは別」なのだそうだ。

「そんじゃ、行くっすよ!じゃんけん、ほい!」
「……あ、僕ですね。ち・よ・こ・れ・い・と。……なんだか、先からチョキでばかり勝っているような気がするんですが」

すでに手馴れた作業になりつつあるそれで、勝利を収めたのは黒子。チョキで勝利するのは二度目なのだが、今回はみなやたらと「ちよこれいと」ばかりを連発していることもあり、耳にしたのはもう何度目だったか覚えていない。

「並びましたね、青峰君」
「……ふん、グーでもあがれる俺に比べれば甘いのだよ、黒子、青峰」
「うるせぇ、黙ってろ緑間」
「んー、……なかなかゴールできないって、なんかムカつく」

ねえ、早くじゃんけんしようよ。だんだんと苛立ちを募らせ始めている紫原の一声によって、五人は次の勝者を決める。「お菓子が食べられないとか、ほんと困るんだよね」。なかなか最後の一回が決まらない怒りのせいだろうか、少々攻撃的な調子の紫原が、じゃんけんの音頭を取った。
――結果は、1対4でパーの勝利。

「……あれー、初めからこうすれば良かったんじゃん」

そんなこんなで、二番目の勝者は気合いを入れた紫原敦。さすがに負けん気だけでバスケを続けているだけあって、自身の度し難い状況に対してはめっぽう強い。気まぐれなところのある紫原のこと、勝利したとわかればこっちのもので、一気に上機嫌になってくれるところは周りにとっては有り難い。
基本的に誰に負けるのも悔しがる紫原ではあるが、赤司にだけは負けることを良しとしているので、今回は紫原にとっては実質優勝。というわけで、本人としてはかなりの好成績といった認識だろう。

「ちょっと待った、じゃんけんって本気出したら強くなるもんだったんすか……?」
「ぱいなっぷる。あがり。……ねえ赤ちん、明日もポッキー食べていい?」
「最下位にならなかったんだから文句は無いだろう。だが食いすぎるなよ。おまえは糖分過多だ」
「うん。ありがと、赤ちん」

はあ、と溜め息を落とす赤司の横に並んで、紫原はもうすぐ200cmに届こうかという巨体でのんびりと欠伸をする。元々背の高い他の面々をもってしても、紫原と並べば小柄に見える。こと黒子にかかれば、まるで大人と子どもといった様相だ。

「おい、急ぐのだよ。決着は早い方がいいだろう」
「あれ〜、何を焦ってるんすか、緑間っち?急がないと何かまずいことでもあるんすか〜?」
「五月蝿い。いいからじゃんけんをするのだよ。いつまでもこんなことに時間を割いてなどいられないのでな」
「……なるほど、そういうことですか」

黒子が携帯の時計を見やれば、時刻は20時20分を指している。黒子が今朝たまたま「おは朝」を見たところによれば、今日の蟹座は21時以降になると途端に運気が落ちるのだそうだ。緑間の場合は25分前には学校を出なければ21時までに家に帰ることができるかどうかが怪しいため、おそらくそのあたりを心配しているのだろう。

「とりあえず次に行きましょう。どっちにしても、21時になったらオートロック外せなくなりますし」
「よーし、望むところっすよ!」
「では、行きますよ。じゃんけん……ぽん!」

黒子の掛け声で、すぐさま勢い良く四つの腕が振り下ろされる。こうなっては罰ゲームだけは被るまいと、どの顔も一秒でも早くゴールしてやろうと必死だ。

「……あれ、同着ですか?」

黒子の声に顔を見合わせたのは、18段に居る青峰大輝と21段に居る緑間真太郎。チョキで勝利を収めた二人は、新たに六段を降り、晴れて三抜け、ということになる。
今回はじゃんけんで勝った値の合計が24段を超えさえすればゴール扱いにする、というルールを採用しているため、緑間もゴールの対象だ。名前を呼ばれた二人はどこか釈然としないふうをして、「……まあ、抜けただけ良しとするか」と青峰が呟く。

「つーわけだ。バニラシェイクとオニオングラタンスープ、どっちが犠牲になるかせいぜい争ってくれや」

人の悪い笑みを浮かべて、青峰はふああ、と紫原に続いて欠伸をする。「帰ったらさっさと寝るか」とこぼせば、「明日は英語の小テストがあるはずだが」と赤司の横槍。

「げ、マジ?聞いてねーよ、そんなん」
「お前が授業中に寝ているからだろう?昨日の課題をやっておけ。それで合格点くらいは取れる」
「恩に着るぜ、赤司。……ったく、だりーな。部活だけ出てぇよ」

言えば、「これだから不真面目な奴は困るのだよ」と緑間の声。それに対しては取り立てて気にしたふうもなく、「ま、優等生とは違うんでな」と青峰はひらひらと手を振った。

「黄瀬君、ここから先は恨みっこなしです」
「お互い様っすよ、黒子っち!」

言い合って、最後の二人は決戦の構えをする。何しろオニオングラタンスープとバニラシェイクがかかっているのだ。これは遊びであり、もはや遊びではない。それは二人の共通認識であり、お互いにとってお互いは、今や友人であり敵だった。

「それじゃ、行くっすよ!じゃんけん、……ぽん!」
「……っ!」
「よっしゃー!……って、またグリコっすか。俺、今日はグリコに縁でもあるんっすかねー……」

っと、とりあえず、グリコ、っと。ぼやきつつ、黄瀬は黒子と同じ18段に下っていく。勝ち数自体は多いのだが、いかんせんグーでばかり勝っているものだから、勝てども勝てども進まない。紫原のようにストレート勝ちを決めた強運とは違って、これではかえってフラストレーションが溜まるというものだ。

「……黄瀬君、予言していいですか」
「ん?」

そこに、黒子が真剣みを帯びた表情で黄瀬へ声を掛ける。バスケを除いた大方の勝負事は、黒子は黄瀬に強かった。なら、今回だってきっと――。

「なんていうか、その……僕が勝つような気がします。いえ、負けません。負けられないんです」

キセキの世代の面々には、なんとなく運の良さに一定の傾向がある。赤司はこういった勝負事にはめっぽう強く、本人が豪語している通りに負け知らずだ。頭の回転を必要とするチェスや将棋では誰も赤司に敵わないし、運に左右される争いごとだって、どれほど劣勢に甘んじていようと最後には神がかりな逆転で王座を掴む。
次に運が強いのは紫原だろう。背が高いので未経験のスポーツでも大概を優位に進められるし、運試しでもぼんやりしているうちに勝ってしまう。緑間はその日のおは朝に左右されるものの、蟹座の運勢が日ごろ比較的良いこともあり、平均的には三番手に位置しそうだ。ただし、最下位近辺の日の緑間は誰よりも運が悪く、何をしても勝てない。

「そういえば、今日のおまえのラッキーアイテムはなんだったんだよ、緑間」
「ん?……ああ、板チョコだ。部活の休憩中に消費してしまったが、紫原からチョコレートは貰ったからな。少しは運気も上向いただろう」

「別モンじゃねぇか。そんなんアリかよ」と呆れ顔で青峰が言えば、「当たらずとも遠からず、なのだよ。元々蟹座は3位だ。21時を過ぎなければ問題はない」と緑間。
そんな青峰は、こういった争いには割合負ける。黄瀬と青峰の勝負事にかけての運勢には似通ったところがあり、時折勝ってそこそこ負ける、といった具合だ。今日は黄瀬が窮地に立っているが、これが青峰である場合もしばしばなのである。

「ねー、赤ちんはどっちが勝つと思う?」
「黒子だろう。あいつは取り立てて勝ちもしないが、最下位になったことは無いと記憶している」
「テツの影の薄さは半端じゃねぇからな。こういう時でも目立たねぇ位置に居やがる」
「弱いということはない。ただ一番にも、ビリにもならないだけなのだよ」
「うん。黒ちんは負けないもんね」
「ちょっとちょっと、4-0っすか?少しは応援してくださいっすよー!」

そんな薄情な、とうな垂れる黄瀬は、最後の闘いに向けて腕を振り回したり、「よし」と声を上げたりして、あらん限りの気合いをその右手に込めている。
そう、基本的に黒子は勝ちもしないが、負けもしない。一言で言うならまさに「微妙」というほか無いのだが、「負けない」という才能を持っている、というのがキセキの世代一同の認識だ。

「準備はいいですか、黄瀬君?」
「望むところっす!」
「では、行きますよ!じゃんけん……!ぽん!」

黒子にしては珍しく、勢いよく挙がった掛け声とともに最後の選択が終わる。黄瀬が選択したのはグー。対する黒子は――。

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