「は、れ……勝った……?」

自分の結果が信じられない、とでも言うようにまじまじとグーとチョキを見やって、黄瀬は自身の勝利を確認する。それがどうやら現実であるらしいと悟ってから、「やったっす!オニオングラタンスープ……!」と、弾けるような喜びとともに黄瀬涼太は「グリコ」でゴールを決めた。

「おい、マジかよ。おまえが勝つとは思わなかったぜ、黄瀬」
「いや、それは俺もなんすけど……」

喜びに混じって戸惑いを隠さない黄瀬は、黒子の方をちらりと見やる。当てが外れた黒子テツヤは「そんな……バニラシェイクが……」と肩を落として、祭りの後の踊り場へと三段を下った。

「黒子が負けるのは相当久しぶりだろうな。……まあいい。公約通り明日から三日間は放課後のバニラシェイクは禁止だ」
「赤司君……。わかりました、ちゃんと守ります……」

はあ、と落胆の息を吐いて、「負けないと思ったんですけど……」とぼやく黒子に、「どんな才能も完璧ではないということなのだよ」と緑間の追撃が入る。

「あの、黒子っち、……ごめんなさいっす、その、勝っちゃって……」
「いえ、黄瀬君が謝ることじゃありません。気にしないでください」
「じゃ、明日からしばらくオレと帰ろうぜ、テツ。店に寄らないかどうか見張っててやるよ」
「なんで青峰っちが。俺が行くっすよ。帰る方向一緒なんだし」
「おまえは甘やかすから駄目だ。約束なんか絶対破る」

青峰の言葉に「そんなことないっすよ!」と黄瀬が強く返せば、「いや、青峰の言葉はもっともだな」と赤司が腕組みをしながら横槍を入れる。とはいえ、青峰にもそれほど信頼があるわけではない。黒子に甘い黄瀬も問題だが、仲の良い青峰に対しては、黒子は何かと押しが弱い。「黙ってりゃいいだろ」と言われれば、言い負けてバニラシェイクを飲んでいる未来が目に見える。

「黒ちん、他のお菓子ならいいんでしょ?明日はまいう棒あげる」
「ありがとうございます、紫原くん」
「あ、ちょっと紫原っち、どさくさに紛れて黒子っち口説いちゃだめっすよ!」
「まったく、騒がしいのだよ……」

はあ、と呆れつつ、緑間は言い争う黄瀬と青峰、それに巻き込まれている紫原を横目に「黒子」と一言呼び止める。

「ん、どうしました、緑間君?」
「紫原が大量に寄越したのでな。半分持って行くのだよ」

そう言って手渡したのは、先ほど紫原が緑間に渡したキャンディ型のチョコレート。不器用ではあるが、これは緑間なりの慰めなのだろう。意図を悟った黒子は「ありがとうございます、緑間君」と小さく笑って礼を言う。
何しろラッキーアイテムを用意できなかったときの緑間といったら不機嫌といった次元を超えるほど不機嫌なのだ。趣味を奪われる気持ちが分からないでもないのだろう。

「お前たち。早く帰らないとオートロックが解除出来なくなる。終わった以上は早く降りろ」
「あ、……そうでしたね。急がないと」

照明を落とし、赤司の一声で一行は玄関へ下る。それから少しして、前方を行く四人に少し遅れて歩く赤司が、同じく遅れて歩く黒子に並んだ。

「おい、黒子」
「はい、何ですか、赤司君?」
「明日の自主練の後、予定が無いなら非レギュラーの強化プログラムの策定に付き合え。戦力の底上げが課題なのでな。一般的な身体能力に近いお前の助言が欲しい」
「そういうことなら是非。僕でよければ、ですけど……」

お力になれれば嬉しいです。そうにっこりと微笑んだ黒子に、赤司はふ、と物珍しげな邪気の無い笑みを浮かべる。
他の面々は鬼の霍乱、と目を丸くするかもしれないが、赤司にしてみれば、控えめでかつ芯の強い黒子は部員である前に気持ちの良い人間ではあるのだ。ただそれを表現してやるのが限りなく少ない、というだけの話であって。

「あー、俺らが争ってる間になにしれっと約束取り付けてるんすか、赤司っち!」
「強化プログラムと言ったか。技術面ならサポート出来ると思うのだよ」
「ならオレも参加してやる。久々に下の奴らしごいてやろうぜ」
「……お菓子ならあるけど」
「まったく……オレは黒子を誘ったのだがな。まあいい、では明日、自主練終了後に体育室だ。いいな」

呆れ半分に赤司が言えば、「了解!」と各々の声が上がる。「くれぐれも公約は忘れるなよ」。黒子にそう念を押した赤司の一言をもって、帝光の長い一日は終わりを告げた。

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