「コシマエ、そろそろ帰らんと日暮れてまうで?」

柄にも無く緊張しつつ、いつも通りを装って声を掛ければ、「……何しに来たの」とあからさまに視線を逸らされる。――素直じゃないのはいつものことなんやけど。なんや、いつもよりもさらに冷たいような。

「……なあ、ワイ、さっきの話聞いてしもてん」

悪いとは、思ったんやけど。思うままを伝えれば、「ちょっと待って。どこから」とひどく動揺したふうに返される。

「んー……途中からはあんまし聞こえてへんのやけど、一年生君がコシマエに好きや、言うたとこまでは聞いとった」

越前がそれにノーを返したらしいということはその後の一年生君の反応で何となくは分かったけれど、言葉の通り、実際のやり取りはほぼ把握していないに等しい。――ああ、でも、なんや、やっぱり落ち着かん、なぁ。

そう、普通に考えれば、越前にそういう感情を持つ人間が多いことくらいは自分にだって予想が付く。二年前なら考えもしなかったことかもしれないが、これだけ時間が経てば自分の抱いている気持ちがどんな類のものなのかくらいは理解出来るし、越前が他人に好意を持たれやすいことだって、当然察するくらいは出来る。

――そして、最後にあの一年生君が言った言葉が、ただの捨て台詞ではないことだって。

「なぁ、コシマエ?」
「……なに」
「たとえばなんやけど、今ここでワイがコシマエんこと好きや言うたらどないする?」

聞けば、越前は「……は?」と言って、物言いたげな視線を向けてくる。

――あれ、なんや遠回しになってもた。ワイらしゅうないなぁ。何にも考えんで好き放題やっとったあの頃とはちょっと違うて、こうやってジャブ打てるようになっただけでも、確かに進歩は進歩なんやろう、けど。

「……何なの、いきなり」
「せやから、もし……」

――ライバルとか、部長とか、エースとか。他のこと何も考えんでも、ワイはコシマエと離れとうない。そう言うたら自分はどうする、と。冗談めかして言ってみたなら、たぶん、軽くあしらわれてしまうのだろう。けれど、そうだ。それではいつもと変わらない。

――そして今日を逃してしまえばたぶん、これから先もまたしばらく。

「うーん、せやな……。やっぱり駄目やわ。ワイにジャブなんて器用なマネは似合わへん」

そうして一度は小細工をしてみようとした自分を諌めて、ほんのつかの間思い直す。

――せや。最初っからストレートかまして、駄目なら駄目でも諦めへんのがワイのやり方。今更何にも変わらへん。いつも通りの形で勝負せな、どうにも性に合っとらんみたいや。

「なぁ、コシマエ」

決意を新たに名前を呼んで、そこから一呼吸置けば、隣の越前が身構えるのが分かった。

――ホンマ、ワイかて結構近付いたつもりなんやけど、これだけはいつまで経っても全然直らんなぁ。どんだけ近くにおっても警戒せんではおられへんのは、越前の弱い部分、なんやと思うけど。

「ワイな、コシマエんこと好きやってん。……冗談やないで?ずっと、そう思って来ててん」

一日に二度も、こんな体験をさせられる方はたまったものではないのだろうけれど。それでも何故だか今、伝えなければいけない気がして。焦るでもなく、強いるでもなく、出来るだけ――そう、出来るだけ、自分らしく、真っ直ぐに。

言い切れば、越前はびっくりしたような顔をして、返事も寄越さないままで真っ赤になって視線を逸らす。あーちょい待ち、そうやって焦らされるともどかしいっちゅーもんやろ。

「コシマエ、黙らんといてこっち見ぃ。……返事は?」
「んなこと言ったって、いきなり何……」
「……ええから、ちゃんと答えてや」

出来るだけ真剣さが伝わるように視線を合わせて答えを迫れば、越前は少し言葉に詰まって「……ほんと、無茶苦茶……」と余裕無げに瞬きをする。

いま、目の前に広がるのはひどく澄んだ純粋な青。一歩退いた場所から世界を見渡す、その引き込まれるような色にあてられてしまえば、思わず自分のほうが瞳を逸らしてしまいそうになる。

「……あのさぁ。そんだけやっといて、俺が応えなかったらどうすんの」
「ん……?」
「後先考えなさすぎ。……そうやって余裕ぶってるのも、なんかムカつくし……」
「……コシマエ?」
「けど、別に嫌いじゃない。……そういうのも」

――ねぇ、アンタ、俺を迎えに来たんでしょ。さっさと帰らないんなら、アンタの分の夕飯、無くなってても知らないから。そう言ってワイを振り切るように立ち上がった越前は、夕方の所為もあるんやろうけれど、真っ赤に染まって笑えてしまう。

「なんや、照れとるんか?」
「別に照れてない。……そうやって余計なことばっか言ってると、ホントに置いてくけど」

そう言って早足で先を行く越前は、いつになく饒舌で、こちらとしては嬉しいことに機嫌も悪くは無さそうだ。

――早口になればなるだけ照れ隠しに必死になっとる、っちゅーことくらい、ワイかて今更分かりすぎるくらい分かっとるんやけど。

「ちょっと待ちぃや、越前。……置いて行かんで、な?」
「な……」
「ん?……あ、間違うてしもたわ。そんじゃ、ホンマに帰ろか、コシマエ?」
「っ……。ほんと、案外食えない奴だよね、アンタって!」

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