「……ボクがみんなの死を悼むことは、いけないことだって思う?」
「え……?」
「身勝手に全部奪われたんだ、なんて。別にそんなことを、思いたいわけじゃないけど……。それでも、ボクがみんなのことを想って、みんなのことを少しでも覚えていようとすることを、キミはボクの独りよがりだって、そう言いたいの……?」
「苗木……?」
「だって、大切だったんだ、みんなのこと……!キミには分からない絆かもしれなくても、全然、どうでもいいようなことだったとしても、それでもボクにとって彼らはすごく大事な仲間だったんだよ!それなのに何も思い出せないまま、他人のままで死なせちゃったから……!……それを後悔することっていけないことかな。……それくらい、ボクにも許してほしいと思うのは、間違ってるのかな」

訴えかけるように苗木は言って、泣いてしまうよりもまだひどく傷を湛えたふうをしながら、悲しげに数度瞬きをする。その言葉を受け取る日向は勢いに押されるように黙ったままで、戸惑ったように苗木を見やる。

「キミが全部を背負わなきゃいけないのは、きっと仕方がないことなんだと思うよ。……もちろん、ボク達にも非が無かったなんて言うつもりはないけど……。それでも、キミが江ノ島の言葉に付け入れられる絶望の要素を持っていて、「彼」が確かにキミ自身だったことは、やっぱり事実なんだから……」
「俺自身って言ったって、カムクラは……!」
「ううん。……キミなんだよ。いくら「彼」に彼の意思があって、それがキミとは違うものだったとしても、キミが招いたものであることには変わりがないんだ。……受け入れることが辛いってことは分かってる。すぐに受け入れろだなんて言うつもりは無いし、ボクは別に、プログラムでのことを責めようとしているわけでもない」

だって、たとえキミが招いたことだとしても、それを可能にしてしまったのはやっぱりボク達でもあるんだから。苗木がそんなことを口にすれば、日向は「何だよ、それ……」と全てを拒絶するようなふうをして、「やっぱりそうだ。お前はすぐにそんなことを言うんだよな」と失望したように投げかける。

「そりゃそうだよな?絶望したこともないヤツが、絶望したヤツの苦しみなんか分かるわけないもんな。お前はすぐに希望を信じろとか過去を背負えとか簡単に言うけどさ、そんなことが出来ると思うか?だって、俺にはもう何も……」
「なら、ボクは……!何も取り戻せないボクはどうなるって言うんだよ?もう誰も目を覚まさないことが、二度と会えないことが、どれほど苦しいことかキミには分かるって言うの……?」
「な……」

「他人」のままで死を眺めて、誰かが殺し合って行く光景に何度も絶望を抱えかけて。そうして全てを思い出した瞬間に、「仲間」として死を受け入れてあげられなかったことをようやく思い出すなんて。そんな切なさが、もどかしさが、ボク達以外の誰かに分かるはずはきっと無いから。――ううん。分からないことは、きっと幸せなことなんだと思うけど。
勢いよく言ってから、苗木はない交ぜになった感情を必死に整理しようと息を吐く。全てを忘れて怒鳴りつけてしまいたい衝動も、哀しみに嘆いてしまいたい誘惑も、全部、全部振り払う。そうして少し落ち着いてから、苗木は日向へ少し笑って言葉を紡ぐ。

「……きっと、そういうことなんだよ。ボクには分からないキミの苦しみがあるように、キミにも分からないボクの苦しみがある。……キミだけが、苦しいわけじゃなくて。ボク達はみんな、誰にも分からない痛みとか、辛さとか……いろんなものを持ったまま、生きてるんだって思うんだ」
「苗木……?」
「キミにとっての苦しみは、キミだけのものだから。それと戦うことが出来るのは、きっとキミしかいないんだって思う。だから、ボクが口を出せるようなことではないし……キミがどれほど苦しんでいるのかを、本当の意味で分かってあげることは出来ないのかもしれない」

だけどね、と言って苗木は続ける。

「だからこそ、……お願いだから、キミも、ボクの苦しみを否定したりしないで。ボクが彼らを悼むことは、ボクが前へ進むためのものでもあるから……それを否定されちゃうとさ、ボクはそこから一歩も進めなくなっちゃうんだ。……我ながら、情けない話ではあるんだけど」

ね、と言って苗木が少し笑ってみれば、日向は戸惑ったような顔をして、返す言葉を選び損ねて黙り込む。

「……キミはまだ絶望するには早すぎるよ。あまり自分を責めすぎないで。……キミ自身から、キミの持つ可能性を奪ったりはしないで」
「え……?」
「みんなが目覚めないって、まだ決まったわけじゃないでしょ?それならさ、キミが信じてあげなくてどうするの。たとえキミが引き起こしたことかもしれなくても、あのプログラムでの毎日の中で、みんなの一番近くに居たのはキミなんだから。……大丈夫。彼らの無事を一番に願っているのがキミなんだってことも、ボクにはちゃんと伝わってるよ」

やり場を知らない苛立ちも、張り裂けそうなほどの後悔も、「失いたくない」と願うからこそのものなのだろうと。それが分かるからこそ、全てを独りで抱えずにいればいいと苗木は思う。事実に立ち向かうことは自分自身にしか出来なかったとしても、たとえ全てを分かってあげられなくても、手を差し伸べることくらいは出来るから。

「やり直せないことって、確かにあるよ。立ち止まって、振り返って泣いて……そのまま時が止まったらいいのになって、あの時はボクもちょっと思った」

前を向くことに疲れて、哀しみに身を浸して、悼むだけの存在で居られたら、それはそれでとても楽な生き方なんだろうと思ったんだ。そんなことを語ってから、苗木は「……霧切さんや十神クンには内緒だよ?」と困ったように少し笑う。

「……でもさ、ずっとそれに絶望して前に進めないままでいたりしたら、みんながボクを許さないだろうって分かってるから」
「お前の仲間が、お前を……?」
「うん。……ボクの仲間達って、みんな結構辛辣でさ。たまたまクジ引きで希望ヶ峰に入ったような幸運しかないのに、みんなホントにボクに容赦が無いんだ。……日向クンはどうかな。キミの仲間はさ、キミがそうやって立ち止まっていることを許してくれるような人達だった?」

そうして優しく苗木が問い掛けると、日向ははっとしたような顔をして、「それは……」と視線を逸らす。それから泣きそうに歪んだ顔をして、「有り得ないな。……そんなの、絶対有り得ない」と言い聞かせるようにそっと呟いた。

「……そうだな。こんなことばかりしてたら、起き上がってきた誰かが殺しに来るかもしれないな。……ホントに、どいつもこいつも目茶苦茶なヤツばっかでさ……」

だけど、嫌なヤツって一人も居なくて。そんなことを口にしてみると、何故だかひどく胸がつかえて、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちるのが分かった。そんな自分に驚いて、日向は無理に涙を押し留めるように袖口で目元を拭う。

「……悪い、苗木。俺、お前に取り返しの付かないようなこと、言っちまったよな……」

本当にごめん。謝って済むようなことじゃ、ないかもしれないけど。そんなことを日向が真っ直ぐな瞳で伝えると、苗木は小さく笑ってみせて、「ううん」と返す。

「……そうだね。気にしてないよ、なんて言ったら、ちょっと嘘っぽくなっちゃうけど……。うん、でも、もう怒ったりはしないから。……ボクも自分本位になっちゃったところはあったし、そこはボクも謝らなくちゃ」

ボクの方こそごめんね、と苗木は言って、赤い目をした日向に向かって「大丈夫だよ」と呼びかける。

「誰かを想い続ける気持ちを見失わない限りは、ボク達はきっと前に進めるから。……キミが持っているものを、キミ自身が奪ったりしないで。誰かを傷つけることで手に入れられるものは、きっとキミを壊してしまうから……」

別にね、希望や未来そのものを信じているってわけじゃないんだ。たぶんそれは、ボク達が持っているものを信じることで自然に生まれるものなんだよ、と。そう言った苗木の言葉を受け入れるように「……そうだな」と日向は返して、暗がりから覗く窓の向こうの空を見渡す。
そこに映った狂おしいほどの青空は、未来へはまだ少し届きそうにないけれど――。それでも確かな明日を告げるかのような光を湛えて、ただ、そこに在り続けていた。

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