ジャバウォック島の片隅にある、仲間たちの眠る部屋。現在の状況を誰かが客観的に目にしたなら、「人選をした奴は見通しが甘い」とか、「どう考えても判断ミスだ」とか、「どう好意的に解釈しても無謀だ」とか、そういった表現をするに違いない。それほどにこの空間は冷え切っていて、ぴりぴりとした空気が張り詰めている。

――ただし、それはとても一方的なものに過ぎないのだけれど。

「……あのさぁ、どういう状況なのかな、これ」

珍しいほど棘をはらんだ毒々しさで、狛枝凪斗は傍らの青年に悪態をついた。それに少しだけ困ったような顔をして、苗木誠は答えないまま微笑み返す。
あれから目を覚ました何人かの仲間たちは、元々この島に残った五人や「監視役」という名目で滞在している苗木とともに、全員生還を果たすべく毎日を過ごしている。この「見張り」制度もその一環で、毎日持ち回りで二名がこの仲間たちの眠る部屋に留まり、有事に対応できるように備えているというわけだ。
未だ眠る彼らが「絶望」として目覚める可能性が少しでも残っている以上、この部屋の警戒を怠ることは許されない。誰かが目覚めた瞬間に「絶望」として他の仲間たちを殺してしまうかもしれないことを考えれば、遠隔地から監視モニターの異変を察知して駆けつけるのでは遅すぎるからだ。

「……ねえ、聞いてるの?まったく、何でボクがキミなんかとこんなところに居なくちゃいけないのかな。本当、退屈で仕方ないよ。こんなところに何時間もだなんて……」
「うん、それは本当にごめん。今の時間、ここに居られそうなのがどうしてもボクと狛枝クンしかいなくってさ……。それでもやっぱり、ここの監視を一人にするわけにはいかなかったから」

申し訳ないんだけど、キミにもここに来てもらったんだよ、と。宥めるというわけでもなくごく簡単な説明をして、苗木は憮然とした様子の狛枝へと視線をやった。
狛枝がこれほどまでに機嫌を損ねている理由は至極単純。「今日の見張り役を、よりにもよって苗木誠と一緒に任されてしまったから」だ。基本的に、狛枝はこの「見張り」への参加には積極的な方ではあった。何でも、「超高校級のみんなが絶望を乗り越えて希望を手にする瞬間に立ち会えるかもしれないなんて素晴らしいよ」ということらしい。
「せいぜい注意するんだな、苗木。あいつは絶望から立ち直れない人間を認識すれば、おそらくすぐにでもその人間を殺すぞ」といつだったか十神が言ってはいたけれど、今のところは取り立ててそういうことも無く、大抵は日向が一緒に居るというせいもあるのか、概ね大人しいものだった。

「……ハァ。ボクはさ、他の超高校級のみんなと話をするのは歓迎だけど、キミと話すことなんて少しも無いんだよ。……分かるかな?なるべくなら、こんな意味の無い時間を過ごしたくはないんだ」

言うなれば「キミとは一緒に居たくない」と。そう暗に言い含めて、狛枝はあからさまに苗木の存在を拒絶する。口も利きたくないから、できれば黙ってくれるかな。そうとでも言いたげな不機嫌さは、ほとんど彼にとっての「凡人」に向けられる類のそれだった。

「……そうかな。ボクにはあるよ。キミに話すことなら、たくさん」

そんな狛枝の様子に少しも動じず、ひどく落ち着いた声音で苗木は言って、苛立ちを隠さない狛枝をじっと見つめる。
――この部屋に二人きりになると覚悟してから、きちんと話をしようと決めていたんだ。どんな呼びかけにもあしらうようにして応じない、ボクと同じ「超高校級の幸運」の彼と。きっとボクが一方的に抱く懺悔と、彼がボクに抱いているのだろう憎悪が、悲しい形で事切れてしまう前に。

「は?キミがボクに?……笑える冗談だよね。この間まで何の面識も無かったキミが、一体ボクと何を話すことがあるって言うのかな」
「面識が無い……。そっか、キミはやっぱりあの時のことは覚えていないんだね」
「あの時?……どの時のことを言ってるのか知らないけど、ボクはこの島に来るまでキミのことなんて知らなかったよ。キミと初めて会ったのは、ボクが目覚めた一ヶ月前。そうでしょ」
「……ううん、それは違うよ。ボクたちの初対面は、本当はもっとずっと前なんだ」

敵対心に満ちた狛枝の言葉にゆるくかぶりを振って、苗木は狛枝の方を向き直る。信じられないかもしれないけど、それはね、嘘なんかじゃなく本当のことだから。そう呟いて、苗木は嘆きにも似た笑みを浮かべてみせた。

「ボクらはすでに引き合わされてるんだよ。あの学園の中で、たった一度だけ」

そして、それを計画したのは他でもない「超高校級の絶望」、江ノ島盾子。あの邂逅はおそらく、「幸運」同士をぶつけることで、苗木誠に対してではなく、狛枝凪斗に絶望の種を蒔くための罠。あの時点で苗木を絶望させておく必要性など皆無だったことを考えれば、意味合いとしてはそんなところだろう。
そもそものところ、苗木の絶望への抵抗力を江ノ島盾子は軽んじていたのだ。「いまいち本当に幸運なのかどうかも分からない、無駄に前向きなだけの平凡な生徒」。それが苗木誠に対しての江ノ島盾子の評価だったし、実際苗木はクラスメイトにも好かれてはいたけれど、才能自体はよく理解されてはいなかった。万事がそんなふうだから、「他の超高校級の才能と一緒にコロシアイ学園生活に放り込んでやれば勝手に脱落していくだろう」と彼女は推測していたし、最終的にその彼自身に滅ぼされる結果になるなんて、少しも考えてはいなかったに違いない。

「ボクたちが会ってるって?……ふうん。もしそれが本当だとしてもさ。一体それがどうしたって言うの?それだけじゃボクが今キミと話をする理由なんかにはならないよ」

苗木の言葉を嘲るように狛枝は言って、口元を歪めたままで視線を流す。

――たとえばボクが彼と顔を突き合わせていたとしてもさ。今になってそんなことを持ち出して来て、一体何の意味があるって言うんだろうね。だってさ、どんなに「希望」だなんて囃し立てられていたって、彼も所詮はボクと同じ「幸運」に過ぎない凡庸なただの人間なんだ。そんなどうでもいいような人間のためにボクは時間を割きたくないし、第一、彼みたいに絶望も無しに希望を拾おうとする甘い考えの人間はボクは嫌いだよ。
たとえばさ、彼は誰かの希望を奪う「絶望」を嫌っているくせに、絶望に飲まれた弱者を見ながら「悲しいね」だなんて本気で言ったりするような類の人間なんだ。その考え方をボクは到底理解出来ないし――まあ、どうせ理解しようとも思ってないからね。価値観の違う彼なんかと、わざわざ言葉を交わす意味なんて少しもありはしないんだよ。

「……学園に居た頃のボクがどれだけキミと話したがっていたかは知らないけどさ。今のボクがキミとは話したくないって言ってるんだもん、それって会話を続ける意味は無いよね?」
「……ううん。それでも、ボクにはキミに答えなければいけないことがあるから。……ちゃんと向き合ったんだ。その言葉はキミがくれたものだから、たとえキミが覚えていなくても、ボクはちゃんとキミに返さなきゃ」

ね。だから少しだけ、ボクの話を聞いてくれないかな。苗木は微笑混じりにそう言って、壁に寄り掛かったままゆったりと膝を抱える。
江ノ島盾子が彼らを引き合わせたあの日、狛枝が苗木に問いかけていたことがあった。おそらくそれは巡り巡って苗木誠に希望を与えてしまう、江ノ島盾子の計算違い。あの日狛枝の中に生まれた劣等感がどうしようもなく彼を絶望という希望に駆り立ててしまったのと同時に、あの日狛枝が投げかけた一言を突き詰めて行くことこそが、すべてを思い出した苗木に前を向かせた。――言うなれば片方の「幸運」を壊したことで、もう片方の「幸運」には希望を与えてしまった。それが江ノ島盾子があの日犯したこの上ない過ちであり、苗木誠と狛枝凪斗、二人にとっての「幸運」だった。「不運」を代償にもたらされる「幸運」や、「幸運」によって振りまかれる「希望」だけは、彼女の人並み外れた分析能力をもってしても、予測不可能な未知だったのかもしれない。

「……ボクがキミに聞きたいことがあったって?……残念だけど、今のボクにはキミに聞きたいことなんてひとつも無いよ。……まったく、いつまで同じようなことを言わせるつもりなのかな。「超高校級の希望」が聞いて呆れるよ。人の話も聞かずに自分の言い分を押し付けるのが、他ならぬキミのやり方だったなんてね」

皮肉たっぷりにそう言って、狛枝は横目だけで苗木の視線を受け止める。遠すぎることはないけれど、触れることも出来ない微妙な距離感。苗木が一歩でも踏み込んで行こうものならそのまま引き倒して組み敷いてしまいそうなほどの、冷え切った殺意が狛枝の瞳には滲んでいた。

「ボクはさ、キミに興味が無いんだよ、苗木誠クン。……ここまで言えばいくらキミでも分かるよね?」

――そう、キミになんて興味は無いんだ。ボクと同じ程度の存在になんて。どこで何をしていようが、いくら輝いているように見えようが、元を正せばキミの根源は所詮「幸運」でしかないものなのに。「特別な存在」として生まれていない人間が、明確な才能に愛されなかった人間が、努力で「特別」になんてなれるわけがないんだよ。だからキミの姿も所詮は希望に満ちたように見せかけられたまやかしで、ボクが興味を抱くのには値しないんだ。決してね。

「うん。……それじゃあさ、ひとつだけでいいから、ボクから質問させてもらってもいいかな」

埒の明かない状況にも動じることなく、苗木は至って穏やかな調子でほろりと笑う。「これは、キミにしか聞けないことなんだけど」と伝えれば、僅かに狛枝の気配が揺れたのが分かった。

「……何?」
「……あのさ、狛枝クンにとって、「幸運」って何だと思う?ほら、ボクたちが持つ幸運は同じ「幸運」には違いないけど……それでもやっぱり、ボクとキミの幸運は違うものだと思うから」

そしてそれこそが、苗木が答えられずに口ごもったあの日の問い掛け。「ねえ、苗木クン。キミにとって「幸運」ってどういうものかな?」と。まだ苗木に好意的に微笑んでいたあの頃の狛枝がふと投げかけたその問いは、苗木の根底に静かに根付き、時を越えて答えを出させた。「ここを出たら、貴方は何のために戦うの?」。霧切にそう問われた言葉にも、以前は曖昧に返事をしていたのだけれど。全ての記憶を取り戻して狛枝に問われた言葉を紐解いた今の苗木には、その問いへの答えがあった。

「……ボクにとっての幸運?」

苗木が問えば、狛枝はいよいよ見下げ果てたような顔をして、「あのさ、それを聞いて何になるって言うの?」と嘲笑する。

「ボクの話を聞いてたのかな?苗木誠クン。ボクはキミに「興味が無い」んだよ。別に好きでも嫌いでもない。ただどうしようもなく「どうでもいい」んだ。……あんまり勘違いしないでくれるかな。ただでさえ飽き飽きする空間なのに、キミとこんな話をし続けてたら、余計に退屈になってくるからさ」

どうせ時間が来るまではここから出られないんだから、ボクのことは放っておいてくれないかな。苛立たしげにそう言って、狛枝は苗木から視線を外す。――彼なんかの詭弁に付き合っている暇は無いんだ。どうせただの「幸運」なんかの凡庸な言葉を聞いたって、ボクに何か恩恵があるってわけでもないんだからさ。
そう思った狛枝の傍らで、苗木はぼんやりと確信を得る。――ああ、少なくとも彼は、ボクという人間を少しは意識してくれてはいるんだろう。「興味が無い」と必死に否定をすることは、「興味がある」と白状しているのも同じこと。昔のボクにはそんな単純なことさえ分からなくて、そのことで躓いたりもしたけれど。

「そっか。……なら、勝手に話すことにするよ。もしキミが聞きたくなければ聞き流してくれて構わないし、……受け入れられないことは、ボクの勝手な思い出話だって、そう思ってくれればいいから」

もしかしたら、少し長くなるかもしれないけど。そう言って、苗木はぽつりぽつりと吐露を始める。そこに少しの空白を保ったままで。どんなに手を伸ばそうと、触れられもしない距離感で。

「ボクとキミが初めて会ったのはね、希望ヶ峰学園のキミの教室だった。ボク自身は別に狛枝クンたちの居る教室に用事があるってわけでもなかったんだけど……その日、たまたまキミのクラスに届けなくちゃいけない書類があってさ。江ノ島さ……江ノ島盾子に、それなら手の空いてるボクが行けばいいんじゃないかって提案されちゃって」

おそらく、あの時彼女は知っていたのだろう。苗木が向かった放課後の教室には、狛枝ひとりしか残っていないことを。そしておそらく、あの教室に狛枝が留まるように計画したのも彼女だ。すべては狛枝凪斗を絶望に叩き落す悦楽のために。――巡り巡って、自分自身の大きな絶望の序章として。

「仕方が無いから書類を受け取ってさ。目的の教室に向かったら、そこにはキミしか残っていなかったんだ。ただ、ボクは普段からあまり他期生との交流が無くて……キミがボクと同じ「超高校級の幸運」だってことは、ボクは全然知らなかったんだけど。でも、キミはボクのことを知っていてくれたみたいだった」

「もしかして、苗木誠クンかな?」と。そう明るく笑った狛枝凪斗は、「キミも「超高校級の幸運」なんだって?奇遇だね、実はボクもそうなんだ!」と、人懐っこい様子で苗木の訪問を受け入れた。この頃はまだ何者でも無かった苗木誠を、狛枝凪斗は「自分と同じ存在」として歓迎したのだろう。

「今まで他の「幸運」を持っている人には出会ったことが無かったからさ。超高校級の才能も「幸運」に限っては重複出来るんだって知らなくて、あの時はちょっとびっくりしたんだけど……。でも、よく考えてみれば、もしかしたらそんなこともあるのかなって。それで、その時キミに聞かれたんだよ。「キミはどういう幸運を持ってここにいるの?」って」

それを問われるあの時まで、「幸運」に種類があるだなんて考えたことは無かった。苗木は内心で自分と狛枝の「幸運」を思う。
苗木誠の「幸運」としての入学は、「厳正なるクジ引きによって、最も平均的な学生のうちの一名を選出した」という名目だった。だからこそ彼には普段からもっともらしい幸運が付き纏っていたわけではなかったし、本人としては、むしろ日常生活には差し支えの無い範囲での、些細な不運の方が多かったように思えていた。今でこそ「万にひとつを引き当てた幸運」自体が自分の運命だったのかもしれないとも思うけれど、当時は間違っても自分が「幸運」であるという認識は無かったから、突然宝くじに当選したような感覚でしか無かったはずだ。
対して狛枝凪斗の「幸運」は「確率を制する才能のひとつ」として明確に認められており、苗木誠のような「偶発性の幸運」とは異なって、希望ヶ峰学園に直々にスカウトされている。
基本的に希望ヶ峰学園は研究機関の側面も持ち合わせているため、生徒たちは「卒業すれば成功を約束される」という待遇を得る代わりに自身の才能に関するあらゆるデータを提供することになる。コロシアイ学園生活を抜けたあと、苗木は未来機関に引き継がれていた学園内の資料を調べたけれど、そこでの狛枝凪斗の研究結果はどれも有り得ないような数値を示していた。

「……覚えてなくても知ってるよ。キミの幸運は、たしか「クジ引きで入学の権利を得た」ことだったよね。……本当、笑っちゃうよ。キミの才能なんて、別に才能でも何でもない、ただの凡人の偶然でしかないじゃないか。一生に一度、凡人の身には余るような幸運が訪れる。……そんな偶然、どんな人間にだって有り得ることだよ」

それがキミにとってはたまたま希望ヶ峰に入学することだったんだ。挑戦的な表情で口元を歪めて、それまで黙り込んでいた狛枝は苗木に皮肉の言葉を浴びせる。
苗木の言う学園での会話を覚えていなくとも、狛枝はあの島でモノクマに提供されたデータファイルの内容を一通り記憶している。ファイナルデッドルームで手に入れた「コロシアイ学園生活データファイル」。あの資料には、参加者十六人の才能を含めたプロフィール、各事件の加害者と被害者、それを決める裁判の経過、黒幕の行く末など、あらゆる情報が事細かに記されていた。

「あの女を倒しちゃったせいで随分持て囃されてるみたいだけどさ、所詮キミの本質なんて凡人に過ぎないんだよ。……おこがましいって思わない?どうせ、努力したところで本物の希望には敵わないのにさ」

キミの行動全部、凡人には見合わないものだって、キミは気付いてるのかな。そうして毒を込めて言った狛枝に、苗木は焦ることも、苛立つこともなく、「……うん、そうだよね」と寂しげなふうに少し笑った。

「自分が凡人だってことくらいは、ボクもちゃんと分かってるつもりだよ。自分でそう言えちゃうのもちょっと悲しい話なんだけど……実際、あのコロシアイ学園生活だって、みんなの助けが無ければきっと生き残れなかっただろうし」
「へぇ……じゃあ何、キミが生き残れたのは単に運が良かったからだとでも言いたいの?」
「まさか、そうじゃないよ。ボクがあの学園を脱出できたのはたぶん、ボクが未来を信じたからだ。……そうだね。それだけは、ボクの唯一自慢できるところかな」

なんてね。そんなこと言って、本当はずっと信じていられたわけじゃないんだけど。戒めのようにつかの間だけ瞳を閉じて、苗木は続ける。

「……何度ももう駄目かもって思ったよ。窓も打ち付けられたような閉じた世界で、出会ったばかりだと思い込まされたままのみんなとコロシアイなんてさせられて。昨日一緒に笑いあっていたはずの人たちが、次の日にはボクの目の前で死んでるんだ。……あれから随分経ったけどさ。あの時の感覚を、ボクはまだ忘れられないよ。……ううん。たぶん、これからも忘れないんだと思う。十年先も、二十年先も……これから何年経ったとしても、ボクが生きる限りはずっと」

悲鳴にさえなれずに零れた小さな嘆きも、夢に敗れて散った命も、願いを託して消えた優しさも、何もかもを忘れられないままボクらは生きる。それはとても苦しいことで、そしてとても尊いことなのだろう。失われていった彼らの想いが、今なお前へと進むボクらを作る。たとえそこに在ったものが殺意でも、憎悪でも、この上ない後悔だったとしても。彼らの切々とした感情が確かにそこにあったことを、どうか抱いていられるように。
思った苗木の傍らで、狛枝はそれら全てを覆すような思考を抱く。――それならどうして生きようとするの。キミが生きる必要の無い、場違いなほどに「希望」だらけのそんな世界で。

「ふーん……。ねえ、苗木クン。キミはそうまで思うのに、どうしてわざわざ自分が生き残ろうだなんて思ったの?正直キミなんかが生き残ったところでさ、本物の希望より劣っているのは確かじゃない」

ボクならわざわざ生き残ったりしないでみんなのために死ぬのにな。キミの勝手で生き残っておいて現実を見るのが辛かったなんて、滑稽すぎて笑っちゃうよ。苛立ちを滲ませたままでそう言って、狛枝は小さく息をつく。

「キミはさ、どうしてキミが生きていることを肯定しようとするのかな。ボクらなんかが希望を差し置いて生きていたいと願うだなんて、希望への冒涜だって思わない?キミも希望を愛してるんなら、キミ自身を滅ぼすべきだったんだ、って、……そうは思わないのかな?」
「……思わないよ。それはきっと、思っちゃいけないことだと思うから」
「……へぇ?そう考えること自体がキミのエゴなんだって、キミは考えもしないんだね、苗木クン。それじゃあキミは大した才能も無いくせに、自分が生きたいなんて欲望だけで希望を潰しかねない選択をしたわけだ?……ははっ、そんな人間が「超高校級の希望」だって?笑っちゃうよね!そんなの、希望でも何でもないじゃないか!」

「まやかしだよ。キミは希望を踏みにじっているだけだ!」と。苗木の語り口に糸が切れかけたように高らかに笑って、狛枝は怒りに身体を震わせる。手が届かないことが辛うじて飛びつきたい衝動を押し留めているのだろう。いっそ泣いてしまいそうなほどの激情に襲われて、傍らの青年が憎くて憎くてたまらなくなる。
――ああ、こんな感覚になるのは初めてだ。ただ希望を冒涜された時とも違う。絶望と化した凡人に襲われた時とも違う。ただただ言い負かして押し潰して壊してやりたくなってしまう、純粋で苛烈で暴力的なまでの怒りの衝動。

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