「……で?何をやらかしたんだよ、お前は。聞いてやるから言ってみろ」 「あれ、もしかして日向クン、ボクの話を信用してくれるの?嬉しいなぁ、今なら喜びのあまり死んじゃってもいいくらいだよ」 「あー、はいはい、そういうのは分かったから。未来機関がお前の命を狙ってるんだぞ。いいから詳しく説明しろって」 狛枝の言葉を軽くあしらって、日向は事態の説明をするよう促す。 いま日向の傍で小さく吐息している狛枝凪斗は、紛れもなく希望に狂った絶望を嫌う狛枝凪斗だ。過去を忘れた電脳世界で初めて出会って、まだ日向の脳裏に焼きついて離れぬあの鮮烈な死を演じて見せた、狂気的なまでに希望を信ずる「超高校級の幸運」。この上ない悪意で自分ごと全てを葬り去ろうとするまでに、自身の命に何の価値も見出さない度し難い存在。

「あはは、何って言っても……別に大したことはしてないんだよ?ただ、ちょっとだけ絶望に狂ったフリをしてみただけなんだ。突然絶望に支配されたボクを見たら、未来機関はどんな行動を取るんだろうと思ってね」

「日向クンも気にならない?ほら、今のところはみんな大人しく目覚めちゃってるわけだし」と、そう悪びれずに笑う狛枝は、「ああ、まあ中にはボクを殺しに来た女も居たけどね」と表情を少し歪める。

「お前を殺しに?」
「うん。まったく呆れるよね!あんな絶望女なんかのどこがそんなにイイのかな。あ、そうだ。もしあの女の存在が邪魔そうならさ、いっそのことここらで処分しちゃってもいいんじゃない?あの女、放っておくとキミたちのことまで殺しちゃうかもしれないし」

それはボクとしても本意じゃないんだ。だって、絶望に勝って希望に生まれ変わったキミたちには、ちゃんと未来でより大きな絶望を乗り越えて行ってほしいからね。万が一こんなところで終わるなんてことがあったら、ボクとしても死んでも死にきれないくらいには無念なんだよ。そんなことを微笑をたたえて呟いてから、「……気付いてるかな、日向クン。罪木蜜柑は絶望だよ?……だってそうだよね。彼女はあんな女に恋をしたからこそ、絶望を愛しちゃったんだからさ!」と、狛枝は殺意の混じった表情で日向の向こうの虚空を見やる。
罪木蜜柑が狛枝凪斗の命を狙いに来たのは、まだ記憶に新しい昨夜の話だ。狛枝が絶望を装ったのが昨日の夕刻頃であり、未来機関が狛枝の死罪を正式に決定したのは数時間前。察するに、日向達に事の次第が伝わるよりも早く、未来機関から罪木に狛枝を殺すための動機が与えられていたのだろう。
江ノ島盾子の左腕を蹂躙する狛枝凪斗は、罪木蜜柑にとっては重罪人だ。「この島に居る限りは絶望に繋がる行動を禁ずる」との未来機関からの圧力で、これまで罪木は狛枝に手を出すことを自重しているようだった。それが狛枝の死罪によって合法となったのだから、確かにこれを狙わない手は無い。
別に、彼女は絶望として日向たちを殺したいと思っているわけではない。あくまでも「あの人の左腕」を辱める狛枝凪斗が憎いだけなのだから、大人しくしている限りは単純に「絶望」の一員として処分されることは無いのだろう。ただ、いずれ日向たちが江ノ島盾子を貶めることがあるのなら、その時罪木蜜柑は日向たちをも殺そうとするのかもしれない。

「罪木が絶望?けど、あいつは別に……」
「変な素振りは見せなかった、って?アハハ!だからキミは甘いんだよ、日向クン。……ほら、よく聞くよね?「グレーゾーン」っていう厄介な境界線の表現方法。罪木蜜柑はあれなんだ。だって、もしも江ノ島盾子への恋が冷めたら、彼女はその瞬間に絶望なんかじゃなくなってしまうかもしれないからね。更生の可能性を考えたら、未来機関も彼女には迂闊に手を出せないんだよ。……もっとも、本当に冷めたりするのかなぁ?ボクにはとてもそうは思えないんだけど」

だって、あれは呪いのような愛情なのだ。罪木蜜柑にとって、絶望は江ノ島盾子に近付くためのただの供物。半ば恣意的に絶望に堕とされた他の十三人の生徒のように、いつかは乗り越えられる絶望があるわけじゃない。その上江ノ島盾子は永遠に帰らぬ存在にまで上り詰めてしまった。愛する人間に先立たれてしまえば、自ずとその記憶は呪縛に変わり果てていくだろう。いずれ強迫観念に移り行くそれが消えることなど、普通に考えれば有り得ない。おそらく江ノ島盾子は死んでさえ、ひたすらにあの女を縛り続けるのだ。

「そういうことだからさ、たぶん、彼女は今もボクを探していると思うよ?ま、すぐに見つけられるとは思えないけど」

罪木が自分を探すなら、江ノ島盾子の足跡をたどるような形で居場所を突き止めようとするだろう。それなら遺跡や公園から攻めるはずだから、まだしばらくは時間を稼げる。そう判断したからこそ、狛枝はこのコテージ傍の旧館に身を潜めることにしたのだ。
プログラムに強制シャットダウンをかけた後、苗木達の手腕でこの島の監視カメラはすべて撤去されていた。「今や彼らは新たな希望になりました。そんな彼らにこれ以上機械的な監視の目を向け続けるのは、余計な負担を与えるだけなんじゃないでしょうか」と。そう演説してみせたもう一人の「超高校級の幸運」は、狛枝の目にも希望に満ちあふれて、ひどく眩しく映っていたような気がする。

「苗木クン達はここを追い出されてしまったみたいだからね。ああ、本当に頭に来る組織だよ。用意周到なのはいいけど、もっと光り輝く希望のためにその才能を使ってほしいよね!特に苗木クン達をぞんざいに扱うのはいただけないな。彼らはこの世界に希望をもたらす存在なんだから、誰よりも大切に扱わなくちゃ」

絶望を駆逐して純粋な希望を成り立たせるのは、絶望そのものを倒してなお「希望」という力に酔わない彼らだ。決して自身の底知れない知識欲を「希望」だなんて言葉で覆い隠して偉そうな演説をする連中なんかじゃない。狛枝はそう思ったからこそ未来機関を疎ましいと思ったし、だからこそあえて苗木に全てを伝えるのではなく、「象徴ではない希望」である日向に全てを伝えようとするのだ。

「で、結局どういう流れなんだよ。何にも分かんないぞ、今のお前の説明じゃ」
「うん、だからね。このままだとボクは未来機関に殺される、ってこと。……分かったかな?」
「だから、何でそうなるのかが分かんないって言ってるんだよ!分かるかよ、いきなりそんなこと言われて……」
「そう?別に不思議じゃないと思うよ?あ、ほら、モノクマの修学旅行のルールと同じだよ。ルールを破ったボクが見せしめとして未来機関にオシオキされる、ってこと」

未来機関にとってボクが死ななきゃいけない理由なんて、たぶんその程度のものだと思うよ。平然とした調子でにこりと笑って狛枝が言えば、日向は焦ったようにも、怒ったようにも思える様子で「何でお前は……!」と言葉を絞り出す。分かっているならどうしてそんな不当な罪に抵抗しない。理不尽に死をちらつかされて笑っていられる。そうして渦巻く思いのうちのいくらかを口にしようとはするのだが、結局、上手く織り成せずに崩れてしまう。

「……抵抗すればいいだろ。そんな、馬鹿げたルールになんて」
「ボク程度の人間が抵抗なんかしたって無意味だよ。未来機関はね、才能に狂ってる連中の集まりなんだ。……ねえ、覚えておいてくれるかな、日向クン?未来機関は「希望」の礎なんかじゃないよ。ボクは絶対にアレを「希望」だなんて認めない」
「希望じゃない……?」
「ウン、そうだよ。まあ、こんなことはボクなんかがわざわざ言わなくたって苗木クン達にはとっくに分かっていることなんだろうけど。でも、このまま放っておいたら彼らはキミ達には何も話してくれなさそうだからね。代わりにボクが今ここでキミに伝えるよ。……なんて、ボク程度の人間の言葉なんて、超高校級の才能をいくつも持った日向クンには取り合ってもらえないかもしれないけどね!」

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